昭和20年前後 相撲場こけら落とし
※詳しい記録が残っていませんが,昭和17年から昭和25年の間に相撲場が作られたようです。4棟ある木造校舎の,南側にある2棟の間の中庭に作られました。学校に残っている校舎配置図によると,上の写真の向こう側に見える教室は「衛生室」「教材室」「職員室」ではないかと推測されます。
◇寄せられた思い出◇
昭和10年生まれのIさん(男性)は,相撲場が完成したときに「東富士」が来て相撲の取り組みを見せてくれたことをよく覚えているということです。記録を調べると,「東富士」は昭和20年に東の大関,昭和24年には張り出し横綱になっています。とすると,笠井小学校の相撲場(土俵)ができた頃に,とても勢いのある関取であったことが分かります。Iさんは,子どもたちの代表として土俵に上がり,力士の方と相撲を取ったことを覚えているとのことです。最後には,手形も押していただき,とても感激したということをお話ししてくれました。