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 本年度開校10周年を迎えた大平台小学校。2004年の開校時に6年生だった初代卒業生は今年21歳になりました。10周年を記念して、当時の第1期生である初代卒業生に来ていただき、2014年度卒業生となる第10期生の現6年生が当時のことをインタビューしました。初代卒業生はどんな気持ちで開校を迎えたのでしょうか。そして開校当初の学校生活はどんなものだったのでしょうか。 ※取材日   2014年8月29日(金) 
 
Q1 開校するまでの学校生活はどんなものだったのですか。開校前の気持ちはどうでしたか。
通学が大変 バス通学もしました。

1年から5年まで西都台小学校に通っていました。
とにかく遠かったのを覚えています。 2km以上ありました。   
朝7時には家を出なくてはなりませんでした。
スクールバスが出ていて、乗ることもありました。
1回80円でした。佐鳴湖西岸の家の子はもっと遠かったですね。
西都台小は坂の上にあるんで、最後坂を登って、けっこうクタクタになりました。
帰りは寄り道しながら帰るんで、すごく時間がかかりました。
ただ、当時そうやって大平台の方から通学している子の方がだんぜん多くて、
みんなそうだったから、そういうものかとも思っていました。

 

 
6年生から友達と別れることが悲しかった。

6年生になると大平台小に通学するようになることは分かっていました。 
私はとにかく友だちと一緒にいることが好きだったから、  
5年間一緒だった友だちが西都台小と大平台小とに分かれてしまうことが嫌でした。  
卒業まで、今の学年のまま、西都台小にいたいと思いましたが、
大平台に住む子は絶対に大平台小に入らなくてはいけないと言われて、
悲しかったことを覚えています。

でも、90人いた当時の学年は約70人が大平台小に、
西都台小に残った子は20人ちょっとだったんで、
西都台小に残った子たちの方がもっと寂しかったと思います。


 
でもわくわくの待ち遠しい気持ちは大きかった。
 友達と離れ離れになることは嫌だったけど、新しい校舎に入れて、登下校に時間がかからなくなることはうれしかったですね。 何かわくわくして新鮮な気持ちでした。      
 Q2 開校して、新しい学校に入ったとき、どうでしたか。 
すごくきれいという感動が込み上げた。
すごくきれいで明るくってこれが廊下なのかと思うほど広くて、
もうそわそわしちゃったのを覚えています。
体育館に行かなくてはならない用があったけど、
どう行ったら体育館に行くことができるのか分からなくて、
迷子になっちゃって行けなかったこともありました。
何がどこにあるのかっていうことが
なかなか覚えられなかったです。

運動場が一つということがショックだった。
校舎はきれいだなあってうれしかったけど、
僕は運動が大好きだったんで、運動場が一つしかないことが
ちょっと残念だったです。
西都台小には運動場が二つあって、遊具で遊ぶ運動場と
芝生がある運動場で、二つの運動場を使い分けて
存分に遊んでいたんで、一つの運動場で遊べるのかなって
不安に思いました。

 
  Q3 開校してからの楽しみや苦労を教えてください。 
きれいな学校に登校することが楽しみだった。

やっぱりきれいで広々した学校に登校することがうれしかったです。
廊下が広いことで、走っても人にぶつからないし(笑)

遊ぶ時間が増えたことがうれしかったなあ。

新しい学校に来るわくわく感がありました。毎日楽しかったです。
登下校に時間がかからなくなったので、
放課後も友達とたくさん遊べるようになりました。
  
給食が待ち遠しかった。

給食がすごくおいしかったです。それまでアルミパックの米飯だったのが、
お茶碗によそってもらえるごはんになりました。
おいしいなあと思いました。                       
あと、ランチルームで給食を食べることがしょっちゅうあって、 
そのときはパスタ皿で食べる工夫があったり、 
パンもトースターで焼いてくれたりしました。
これまでそう興味がなかった給食が毎日の楽しみになりました。 
                                         
校舎の工夫にへえと驚くことがあった。

バリアフリーの校舎がいいなあと思いました。 
教室の扉のところは、教室と廊下の境のレールがなくて、びっくりでした。
ついつい西都台小の重い扉の感覚で閉めて軽さに驚くことがありました。
   
 部活動がハードだったなあ。

運動部もやって音楽部もやってと、部活動がハードだった記憶があります。
春はバスケット、夏は水泳、秋は陸上、冬はサッカー部で活動していました。
プラス6年生の人数が少ないこともあって音楽部にも入部していたというか、
させられていたというか・・・(笑)
運動が好きな自分は、
運動部の練習は喜んで行っても,
音楽部の練習はちょっと逃げたい気持ちもありました。
でも、自分からはやらないだろうチューバの演奏をして
学習発表会の演奏や西遠女子学園の音楽祭に出たのは
今ではいい思い出です。


先生たちが一生懸命だったことは子どもにも分かった。

私たち6年生は特別に新設校だから大変、ということはなかったけど、
先生たちは大変なんだろうなと、子ども心に思いました。
例えば、児童会で西都台小と交流したいと提案しても、                     
「ちょっと待って。」と言われることが多かったです。
思えば、先生たちも手さぐりしながら取り組むことが多くて、
子どもたちの意見に即答でOKを出すわけにいかなかったんだろうなと思います。
 
 Q4 初代6年生が大切にしていたことはどんなことですか。  

汚しちゃいけない!
とにかくピッカピカの校舎だったから、傷つけちゃいけない、
汚しちゃいけないって思いました。
特に先生に厳しく言われたわけではないけれども、
何かこぼしたらすぐにさっと拭いていましたね。

体育館の校歌は僕たち初代6年生の大切な思い出〜ずっと飾っていてほしいな。

大切にしていたことというか、大切な物なんだけど、体育館にある木彫りの校歌です。
あの校歌は当時ものすごく習字の上手な岡先生という先生がいらして、
一字一字木の板に書いてくださって、それを6年生が一人一人で彫刻刀で彫ったんです。
ずっと飾ってずっと残るものだから丁寧に彫ったもんです。
僕たち初代6年生が作ったもので、これからも大切にしていってほしいです。
 Q5 10年経過した母校に思うこと、在校生へのメッセージをください。
 10年後も記憶に残るような体験や経験を積んで新たな歴史を刻んでいってほしい。
正直、当時1期生ということはあまり意識していなかったです。
でも今日こうして改めて1期生としてインタビューを受けて、
もっと当時考えて何か残しておけばよかったのかなと思いました。
10年経過したけど、当時のことってすごく覚えていることがたくさんあって、
がんばったこともそうだけど、日常生活の何気ないことも覚えています。
6年生の君たちに伝えたいことって、
今を一生懸命生活してほしいってこと。
夢中に取り組んだこと、
みんなとぶつかり合っても一緒にやり遂げたことって、
僕たちもそうだけど、
ずっとずっと記憶に残るし、何より自分の生きていくエネルギーになる。
 そして、遊びは大事。中学校に行くと部活動中心の生活になるから、
夢中で遊ぶことができるのが今の小学生時代。
友達ととことん遊んでほしいなと思います。
あと、大平台小は10年たったけど、
市内の他の学校に比べたらやっぱりすごく新しい学校です。
歴史が浅いってことは、歴史は乏しいけれども、縛られるものもなくて、
新しい歴史をどんどん作っていくことができるってことだと思うんです。
今度の秋のラストの学習発表会をすごくいいものにするとか、
そういうことでいいと思うんです。
6年生のあと半年の生活の中で、
10年後だけでなく、これからもずっと記憶に残る、、
自分の中の歴史に刻むことができるようなことに
挑戦していってほしいと思います。

 落ち着いた環境、なごやかな雰囲気は大平台小の宝物だから大切に引き継いでほしい。
もう10年たったのかあ、早いなあと思います。
私は教育実習で母校大平台小で実習して、やっぱり大平台小って、校舎もいいし、すごく落ち着いた環境で、
こういう学校で学ぶことができるっていいなと思いました。
そして、なごやかな雰囲気もとても素晴らしいと感じました。
落ち着いたなごやかな雰囲気をこれからも大切にしていってほしいと思います。
中学校に行くと、けっこう環境も雰囲気も変わるけど、
自分たちでいい環境に、いい雰囲気にしていくことが、
自分も周りの人々も幸せにしていくんだと思います。

それから、運動会で6年生の組体操を見て、
本当に素晴らしくて
私たちのときよりすごくよくなっていて、感動しました。
かずきさんも言っていた、
「自分たちの歴史をつくる」
まさにその1ページになったと思うので、
そういうすてきな経験を
これからも積み重ねていってほしいです。
 インタビューを終えて 〜取材した情報広報員より〜
 サッカーやバスケットの部活動があったっていうのがうらやましいな。
 当時の話を聞いているうちに、10年前の大平台小学校を見てみたい、行ってみたい気持ちが強くなってきました。
今とは違う部活動、給食、教室の配置など、どうだったのかなと気になることがたくさんありました。
中でも一番気になったのが部活動です。
10年前はサッカーやバスケットの部活動もあったそうで、うらやましいです。
 ぼくは、これから、6年生として卒業生の方からの言葉を生かしていきたいです。
組体操のことを「素晴らしくて、歴史の1ページになった。」とほめてくださってうれしかったです。
これから組体操みたいに、みんなで一つのことに熱中していきたいです。
あと半年だけど、10周年の卒業生として、悔いのない小学校生活を送っていきたいです。 
情報広報委員 M
 木彫りの校歌は初代6年生の宝物だから大切に残したい 

 私はインタビューしてびっくりしたことが2つあります。
 1つ目は給食が待ち遠しかったと言っていたことです。
新しく本校に来られた先生方がよく「大平台小の給食はとてもおいしい。」とおっしゃいますが、
いまいちピンときませんでした。
でも、お二人が目をキラキラさせながら給食の話をしていたので、
私たちは毎日おいしい給食を食べられて幸せなんだなと思いました。
 2つ目は体育館にある木彫りの校歌を6年生が彫ったということです。
私は今まであの校歌は業者の方が彫った物だと思っていました。
でも、初代の6年生が1枚1枚彫っていたので、
この校歌はこれからもずっと残る大平台小の宝物にしなくては、と思いました。
 そしてとても心に残っている言葉は、
「新しい歴史を子どもたちがつくっていってほしい。」ということです。
それを聞いて、私は大平台小の歴史は私たちが一生懸命取り組むことで作っていくものなんだ、
と改めて実感しました。この取材はとてもよい経験になりました。
 情報広報委員 S
 きれいな校舎をきれいなまま引き継いでいく大切さを実感 
 僕は初代卒業生の方の「初代の子どもたちだから、
学校を絶対に汚してはいけないと思っていた。」という言葉がとても心に残っています。
ピカピカの校舎だから、何かこぼしたらすぐに拭いて、汚れを残さなかったそうです。
僕たち、後を継ぐ後輩たちのために一生懸命掃除をして、
このきれいなピッカピカの校舎を残してきてくれたので、
僕たちも初代の人たちの気持ちを考えて、掃除を頑張りたいです。
そしてまた後を継ぐ人たちが気持ちよく学校生活を送ることができる校舎に
保っていきたいと思いました。
また、僕たち現6年生も大平台小のこれまでの歴史に続く
新しい歴史を刻んでいきたいです。
あいさつや人の話をしっかり聞く、人に親切にするなど、
よい雰囲気をつくってそれを伝統にしたいです。
初代の人たちは校歌を彫って残しました。
10周年目の僕たちも何か学校に残せるものをつくりたいです。
あと半年ですが、みんなが幸せで明るく生活できる学校にしていくために
6年生ができることを考えて実行していきたいです。
情報広報委員 T
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