西見寺
〜行事・初午〜
西見寺を調べた理由

 わたしたちは、毎年西見寺で行われている、初午という行事に参加しています。その、行事についてや、名前・歴史などを、調べようと思ったからです。
緋扇について
 西見寺のいたるところに、左の写真と同じ扇のマークが、きざまれています。
この扇とは、琉球国(沖縄)の使者<儀衛生>が江戸幕府にものをさしあげるために、
 嘉永三年(1850年)に日本に来たとき、持っていたものでした。
 浜松宿にやってきたとき、病にかかり死んでしまいました。当時、平田にあった西見寺にそのいたいをまつった。西見寺が西鴨江にうつったときに<儀衛生>が持っていた扇を西見寺の家紋にしたとのことです。
西見寺の名前の由来
 西に『極楽浄土』があると、いわれていて西の方角を見て建っていたので、西を見る寺ということで《西見寺》という寺の名前になったそうです。
馬頭観音はいつできたか
 もとはなめだ町[イトーヨーカドーの近く]に450年前にできました。
その馬頭観音が昭和62年にやけてしまい、馬頭観音を西鴨江に平成元年(1年)に建て直し始め平成3年に完成しました。

初午の名前の意味・初午の
字について
 十二支の〔馬〕がこの〔午〕をつかっていたので
〔馬〕ではなく〔午〕をつかったらしいです。
初午はなぜ行うのだろうか
 昔は、車がないので代わりに馬をつかって生活に欠かせなく、とても大切にされていました。しかしその大切な馬が病気になると困るのでおはらいをしていました。そのおはらいが今は人々のために行われています。しかし、少し前までは、主に2才児・子供中心にやくよけを馬に乗せて行っています。大人でも乗っている人もいます。
旗について
 馬頭観音の旗は、『家内安全・商売繁盛』などと書いてありました。これは地区からのそう言う願いを込めた旗だと私たちは思っています。