「かしの木の歴史」

 浦川小学校のシンボルと言えば、校庭にそびえる「かしの木」。このかしの木はいつから校庭にあるのか。「浦小の百年」に書かれている内容や、掲載されている写真で探ったところ、昭和51年に発行された「浦小の百年」の佐久間町教育長、日名地安男先生の開校百周年の祝辞の中で、「浦川小学校の校庭には樹齢200年を越えるとも言われる樫の大木が根をおろしている。この大木は浦川小学校の象徴として歴史の重さを感じさせてくれる。浦川小学校がこの大木の如く更に地域にしっかり根を下ろし、輝く伝統を誇りとして地域を愛する心を育て益々発展することを期待する」と語っている。浦小が誕生する更に100年以上前から、この浦川の地で人々の営みを見守っていたことになる。この地にあった南宮神社。そもそも地域の人々の平安を祈る神聖な神社は、本来その地の一番よき場所に設けられる。その地が浮森を呼ばれたこの地です。どうも、南宮神社がこの地にあった時代から、この「かしの木」は根を下ろしていたと考えられます。校舎の配置が、明治、大正、戦前、戦後・・・と時代とともに変わる中で、この「かしの木」は、その時代の変遷を見守りつつ、浦小のシンボルであり続けたということになります。